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長野地方裁判所 昭和62年(行ウ)9号 判決

原告

X1

X2

被告

長野県知事

吉村午良

右指定代理人

志川輝夫

外三名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告が原告らに対し、昭和六一年一二月三日付でした公文書非公開決定及び昭和六二年四月三〇日付でした異議申立棄却決定をいずれも取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告(本案前)

1  原告らの異議申立棄却決定取消の訴をいずれも却下する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

三  被告(本案)

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  原告ら・請求原因

1  被告は、長野県公文書公開条例(昭和五九年三月二六日条例第四号、以下「公開条例」という。)に基づいて原告らがした、昭和六〇年八月一七日付で鶴賀病院管理者から提出された同意による入院届(以下「本件同意入院届」という。)の公開請求に対し、昭和六一年一二月三日付で、公文書非公開決定処分(以下「本件処分」という。)を、また、昭和六二年四月三〇日付で、原告らの昭和六一年一二月五日付右処分に対する異議申立を棄却する決定(以下「本件裁決」という。)をし、原告らは、昭和六二年七月三〇日、本件訴えを提起した。

2  次に述べるとおり、本件同意入院届は、被告が公開を拒むことができる文書にはあたらないから、これを非公開とした本件処分及び本件裁決は違法である。

(一) 本件同意入院届は、原告らの子(A、以下「原告らの子」という。)の入院に関し作成されたものであるところ、精神衛生法五〇条及び地方公務員法三四条は、患者本人の情報を本人及び家族に対して開示することを禁じていない。現に第三者には報告されている。

(二) 本件同意入院届の公開は、誤つた診断により患者とされた者の人権が救済され、不法医師の摘発に役立つのであるから、公益上公開すべきである。

(三) 本人の情報を本人に開示することは、プライバシーの侵害とはならず、原告らの子が公開を求めている以上、プライバシーの侵害は原告らの公開請求を拒む理由にならない。

本件裁決は、人間が人間らしく生きるために、プライバシーは自己放棄できないとしているが、本件同意入院届の公開により、原告らの子が人間らしく生きられなくなつてしまうとはいえないから、原告らの子が公開を求めることに何らの支障もない。

(四) 原告らの子は、病気ではなく、退院もしているから、本件同意入院届の公開が治療上の支障にあたることはない。

二  被告

1  〈省略〉

2  認否

請求原因1の事実は認め、同2の主張は争う。

3  抗弁

(一) 本件処分について

被告は、原告らからの本件同意入院届の公文書公開請求について、本件同意届には次の情報が記載されていることを理由として公開を拒むことを決定したものであつて、本件処分に違法はない。

(1) 法令の定めるところにより明らかに公開できない情報

(2) 個人に関する情報で、特定の個人が識別される情報

(3) 精神衛生行政に支障をきたす情報

(二) 本件裁決について〈省略〉

第三  証拠〈省略〉

理由

一本件処分の取消請求について

1  被告が原告らの公開条例に基づく本件同意入院届の公開請求に対して、公文書非公開決定(本件処分)をしたことは当事者間に争いがない。

2  精神衛生法三六条一項は、精神病院の管理者が同意入院の措置をとつたときには、「一 入院させられた本人の住所、氏名、性別及び生年月日、二 診察の年月日、三 病名及び症状の概要、四 同意者の住所、氏名及び続柄、五 入院の年月日」を都道府県知事に届出るべきものとしており、〈証拠〉によれば、本件同意入院届は右同意入院を届けるために作成され、右の各事項が記載されたものと認められるから、本件同意入院届は、条項各号のいずれかに該当する情報が記録されていれば公開を拒むことができる公文書であることを規定した公開条例六条一項のうち、二号本文(個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)で、特定の個人が識別されるもの)に該当する文書であるということができ、したがつて、原則として公開を拒むことができる文書にあたる。

3  そこで、本件同意入院届が、公開条例六条一項二号本文により原則として公開を拒むことができる文書について、その例外を定めた同号但書アないしウ(ア、法令の規定により何人も閲覧できるとされている情報、イ、公表を目的として作成し、又は取得した情報、ウ、法令の規定による許可、免許、届出等に際して作成し、又は取得した情報で、公益上公開することが必要と認められるもの)に該当するかを検討する。

(一)  同意入院届を何人も閲覧できるとした法令は存しないから、本件同意入院届は前記但書のアには該当しない。

(二)  精神衛生法は、同法三三条及び三四条により、本人の同意がなくとも、本人を他の者の同意により入院させることができる場合を定めているが、これらの入院につき、精神病院の管理者に都道府県知事への届出を義務づけ(同法三六条)た上で都道府県知事に、一定要件の下に入院させられた者を退院させる権限を認めている(同法三七条)のであり、かつ、精神病院の管理者らに同法の規定に基づく職務の執行に関して知り得た同意入院者らの秘密の保持を義務づけている(同法五〇条の二)のであるから、右届出のために作成された本件同意入院届を、公表を目的として作成した情報、あるいは公表を目的として取得した情報ということはできない。

したがつて、本件同意入院届は、前記但書のイにも該当しない。

(三)  前述のとおり、本件同意入院届は、法令の規定による届出に際して作成された情報(前記但書のウ前段)にあたるから、以下同後段の「公益上公開することが必要と認められるもの」かを検討する。

公開条例三条二文が「個人の秘密その他の通常他人に知られたくない個人に関する情報がみだりに公開されることがないよう最大限の配慮をしなければならない。」としていること及び後記4で説示の公文書公開制度の目的に照らし、当該情報が個人の秘密にかかわるものであるときは、前記但書のウ後段の「公益」ないし、その必要性についての判断は特に厳格になされるべきものと解されるところ、先に判示したとおり本件同意入院届は、単に特定個人についての情報というだけではなく、特定個人の秘密にあたる情報が記載されたものであるから、仮に本件同意入院届の公表が何らかの公益に資する可能性があるとしても、これにより個人の秘密が公開されることになることを考慮すれば、直ちに公表する必要があるということはできない。

そして、原告ら主張の「公益」は、特定人たる原告らが特定の本件同意入院届に記載された診断の内容を知り、その誤りを攻撃するためということに帰するもので、このことは、本来、精神衛生法あるいは他の手続において、はかられるべきものであることに鑑み、未だ本件同意入院届を公益上公開することが必要と認められるものであるということはできない。

したがつて、本件同意入院届は、前記但書のウにも該当しない。

4  なお、公開条例六条一項二号は、プライバシーの保護を目的として定められたものと解されるところ、原告らは、本人の情報を本人に開示することは、プライバシーの侵害とはならず、原告らの子が公開を求めている以上、プライバシーの侵害は原告らの公開請求を拒む理由にならない旨主張する。

しかし、公開条例は、県民の公文書の公開を求める権利を明らかにするとともに、公文書の公開に関し必要な事項を定めることにより、県政に対する県民の理解と信頼を深め、公正な県政の一層の進展に寄与することを目的として(公開条例一条)定められたものであつて、県民が自己に関する情報を行政機関から得るための制度を定めたものではないから、公開条例に基づき公開を請求された公文書の公開を拒み得るか否かについては、公開請求者が県民の誰れであるかを離れて判断すべきである(すなわち、公開請求が県民のいずれからなされても、同じ結論になるべきである。)。

したがつて、本件同意入院届が原告らの子の入院に関し作成されたものであり、その者がプライバシーを放棄し本件同意入院届の公表を許諾していたとしても、そうした事情が公開を拒み得る公文書か否かの判断を左右するものとは解されない。

5  以上検討したところによれば、本件同意入院届は、個人に関する情報で、特定の個人が識別されるものであるから、公開条例六条一項二号により、原則として被告が公開を拒むことができる文書にあたり、例外を定めた同号但書のいずれの事由にも該当しない文書であるから、被告が公開を拒むことができる文書である。

したがつて、被告が公開を拒み得る理由が他にも存するか否かについて検討するまでもなく、本件同意入院届を非公開とした点について本件処分に違法はなく、他に本件処分の適法性について原告らは明らかに争わないから、本件処分の取消を求める原告らの請求は理由がない。

二本件裁決の取消を求める訴えについて〈省略〉

三以上のとおり、原告らの請求はいずれも理由がないから、これらをそれぞれ棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山﨑健二 裁判官辻次郎 裁判官原道子)

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